日に流れて橋に行く 10 (愛蔵版コミックス)

洋装が新しく珍しくて、
女の役を女性が演じることが不思議で
声が観客に届くのか危ぶまれていたような時代。
今に生きていると、なんだか不思議な気がしてしまう。
洋風の芝居でも大向うがあって、観客は話しながら観ていたのだろうか、
それとも漫画ならではの演出なのだろうか。
客席のスタイルも違うし、知らないものは一応学んで
失礼のないようにと思いがちな民族かと思ったが。
しかし騒いでいた客がいつしか黙って見入っている
というのはとても良い。
良いものなら受け入れられるとは限らないが
そう思っていたいものだ。

新しいものに反発するのは仕方ないとは言え
記者の立場で好き嫌いで記事を書こうとし、
自分の思うような答えでなければ虎三郎を
「わかってない」と腐す。
そもそも時子を「洋装女店員」と呼ぶのも失礼だ。
それに対して怒るのではなく、”取材”に舞台の感想を返す
というやり方で対抗する虎三郎は確かに恰好良かった。
出禁をチラつかせたとは言え、加勢してくれた黒木さんも恰好良い。

洋装出歩くのが大変だからと車を出してくれる。
虎三郎の優しさは勿論だが、現代とは逆過ぎて不思議な感覚だ。
それと同時に、慣れなだけであって「**するのに動きにくい着物なんて着てきて!」という批判は
やはり的外れだと思う。
和服も洋服もどちらも可愛らしいし、どんどん着るべきだ。
どちらも着こなす時子さんが本当に綺麗で素敵。

また蔦子さん頼みになるのはどうかと思うのだが、
三つ星でチケットが買えるなら買って行ってみようか
と思う人はいそうである。
ただ、敷居の高さという誤用は気になった。

現代で着物を着る人が少ないのと同様、
この時は洋服を着る人がいないし、
目にできるところに素敵に着ている人がたくさんいれば
着たいなと思う人も増えてくるはず。
良い服を買ったら良い席で観たいし、貸切公演を打ってもらうのは良い案だ。
現代でもある訳だし。
三つ星デーという名称もなるほどと思った。

白石先生は本当に好きなキャラだ。
自由にやっているようで、自分というものがしっかりしていて素敵だ。

虎三郎は結婚をするのも手だとは思うのだが、
新しい時代を作ろうとしている最中にそれはやはり違うのだろう。

覚悟があるのなら迷わず進むべき。
立ち止まれば全てが終わる。
時には立ち止まって良いと個人的には思うが
鷹頭には立ち止まれない事情があるのだろうか。