ネタバレあり

なんとなくタイトルに惹かれて読んでみた。
錦糸町の古い雑居ビル近辺が中心の舞台となっている。
マッサージ店の店長の『泥雪』、イタリアンの店長の『七番目の神様』
ミュージシャンの『龍を見送る』、ウツボを拾った『光る背中』
パンケーキ店の元店長の、『塔は崩れ、食事は止まず』
の5編の短編が収められており
全作にウツミマコトという作家の作品が登場しリンクしている。

日常に潜みやり過ごしつつも、時折やるせなくてどうしようもなくなる
棘のようなものを抱え、日々を過ごしている人たち。
あの時ああしていたらと後悔したり、こうしていたらどうなっていただろうと
思いを馳せたり、時に行動に移したり。

自分が一番好きだったのは、『龍を見送る』。
アサの「歓びに震えるとがった肩を見ながら、なぜか私は、新雪を踏み荒らすのに似た高揚を感じていた。」という感じ方が印象的だったし、
新しい曲を購入したものの、聴けない気持ちがとてもよく分かった。
フォックステイルを解散せずに新ユニットをやる方法もあったと思うが、
哲平にその意志がなかったのだろう。
歌詞を書かせてもらえないことで未来が閉ざされた気持ちになったかもしれない。
アサが連絡を拒んだのは良くないけれど、だからと言って自分の決意だけ話して、
結論を待たずブログで解散を発表してしまうのは駄目だ。
似たようなケースを実際目にしたことがあるが、それは炎上するだろう。
世論が自分の味方をしてくれていて、溜飲が下がるというより不安になるというのもわかるなと思った。
そこで被害者になりきって哲平を叩けないほどにはプライドがあるし
過去にもなっていない。

「一人の人間が深く苦しみながら身体の外に放り出した概念は、どんなものでもあれ人間一人分の確かさを持って他の人間を支える」
という言葉が好きだった。
山椒魚の改変問題についても取り上げられていた。
アサが哲平の曲を聴いて、良かったと感想を電話するところが素敵だったし
別れたくないと言う哲平に別れを告げたことが偉いと思う。
千景のパートナーの愛理が、彼女の傷の形が蝶みたい、と名前をつけて可愛がってくれて
だから受け入れられたというエピソードはとても素敵だったし、
アサがどんな歌にするのかとても聴いてみたい。

『光る背中』の
「正直に、取り繕わず、制作者の心をさらけだした作品は、必ず誰かに嫌われます。そういうものは力強い代わりに粗も多く、でこぼこで、違う意見を持つ人にとってはひどく目障りになるからです」
も印象的だった。

『塔は崩れ、食事は止まず』
クレーマーは全然いい人だったので、それでも不快になりそれを顔に出してしまうのが
駄目なところだったのだろうし、
傍から見て前の仕事でガンガンやってきた人だなってなんとなくわかるような
仕事ぶりが、良いところでもあったのだろう。
居心地が良いお店を目指すあまり回転率が悪くなって、入店できない人が増え
食べ歩き用のパンケーキは雑な味付けなのに売れて、というのが
さもありなんという感じだが、だから噛み合っていなかったのだと気が付けたことが良かった。

雑居ビルが取り壊されるが、子供にビルなんでなくなったのと言われた時
新しいものをつくるためだよ、と返すところが、テーマのメタファーであるように感じられた。
無くなることは悲しいし、取り返せないけれど、新しく作って続けることはできる。

パンケーキを食べに行ける日が来るだろうし、
他の4作の主人公たちもそれぞれ、少しずつ仕切り直して先へ進んでいくだろう。
淡々とした中に仄明るい未来が見える作品だった。