ネタバレあり

項梁に問われた時の泰麒の「私は季斎が大好きでした」という言葉に泣きそうになった。
季斎が聞いたら嬉しいだろうとも思うし、あのいとけない泰麒がもう遠い昔で
こうして強くなった泰麒は頼もしいけれど、そうならざるを得なかったことを思うと
労しくも思う。

そんなに大好きな季斎のことすら可能性として疑っていた泰麒。
「もしも阿選と通じていたのだとすれば、私と驍宗様の負けです」
泰麒の覚悟や驍宗様を慕う気持ちや、色々なことを感じた。

「心配をかけたことは心からお詫びします。ですが、同時に意外です」
と微笑むところは、ちょっとにやっとしてしまう。

王宮の中からなら情報も得られるし季斎を支援することもできる。
季斎と一緒にいても警護に労を割かせる分足手まといになる。
そうした理路整然とした考え方と慈愛の心が同居している黒麒がとても恰好良かった。

血が湧くほどの好敵手であった阿選と驍宗。
負ければ驍宗ではないのだから仕方ないと慰められ、
勝っても驍宗様のようだと褒められるのでは、確かに阿選が気の毒だ。
それは息が詰まるだろうと同情はする。
しかし、このまま阿選が王になっても、驍宗が伝説になり
余計比べられるだけである。
俗に言う”死んだ人には勝てない”のと同じだ。
どうあっても阿選にとって明るい未来が待っているとは到底思えない。

優しかった正頼もあまりにも不運だが、それでも尚
「助けてくれ、早くここから連れ出してくれ」ではなく冷静に状況を判断し
自分を置いていけというところがすごすぎる。
それに応えて託され行動を起こす項梁も恰好良い。
血で病んでしまう麒麟なのにも関わらず、荒事にここまでついてくる泰麒も凄まじい。
胎果だからこそ、先日までの暗く重い経験があるからこそ
意志の力で本性をねじ伏せ、阿選に誓うことまでした。

霜元の「見つからないのなら、捜し尽くしてはいないのだ」という言葉は壮絶だが
そんな季斎たちの捜索の旅も、本人たちは知らないものの遂に正解に辿り着こうとしている。

ここに来てやっと驍宗のことが描写される。
甘く見ていた、というだけでなく、襲ってくれれば謀叛の確証になるというのは
なるほどと思った。
しかしあまりにも長い時間を、よく心折れずに王であることを心の支えに
民のために生き延びようと努力できるものだ。

最後の泰麒と恵棟の会話も良かった。
阿選の麾下だからこそ、阿選を忖度してなんとか阿選を信じ続けてきた。
驍宗を弑するというとんでもない目論見でも、隠して行うのではなく
理由を告げられて納得したかった。
恵棟はとても忠義の有る人間だ。そんな彼が、阿選が王になることを許せないと思い
気持ちを泰麒に告げる。どれだけ勇気のいることだったろう。
対する泰麒も、なればこそ留まって尽力してくれと言う。
恵棟の気持ちを思うと思わず体が震えた。

阿選も驍宗を迎えにやろうと動き出す。
季斎たちの動きと被ってしまいそうなのが、吉と出るか凶と出るかはわからないが
遂に次巻では事態が大きく動きそうで楽しみだ。