#近松忠臣蔵 観劇感想

ネタバレなし

忠臣蔵について

仮名手本忠臣蔵は好きだし、古いドラマも浄瑠璃も歌舞伎も
見に行ってある程度話も史実の赤穂事件も知っている。

『THE BLANK!~近松門左衛門空白の十年~』は見ていないが
近松と大石の友情は伝わったし、
『口伝解禁近松門左衛門の真実』も未読だが少なくとも設定として
二人が友達だったというのは非常に面白いと思う。

 

会場について

IMMは初めての会場。評判は良かったので安心していたし確かに見やすかったけど
ホール部分が非常に狭い。グッズがパンフだけで行列がなかったので良かったものの
パネルの写真を撮りたくて滞留している人たちが邪魔で邪魔で…。

劇場内部でも水分補給はOKでした。その試みは素敵だと思う。

客席の音がすごく響くから、話し声や咳などの音がすごく耳に刺さってくる。
マチネの後半誰かのお腹がずーっと鳴ってた。
でも12時半開場13時開演2時間弱の上演で、隣近所から来る訳でもないのに
朝ご飯食べてお昼抜いて見るしかないスケジュールだからそれはお腹空くよ。
自分も見終えてお昼ご飯食べたの16時、晩ご飯抜いて深夜にお腹空きました。
こういうスケジュール、観客のこともちょっと考えて欲しい。

 

音質について

上手前方の席でスピーカーがこっち向きだったせいか
音は大変大きい。Loop持って行って正解。
ドラムスクリーンもないから楽器の音がダイレクトに客席に届いて
歌詞もとても聞き取りづらい。
音が大きすぎて台詞もくぐもって聞こえてすごく聞き取りにくいというか
ほぼほぼ聞き取れなかった。
全体的に早口で多い台詞量を熟す感じだったのでただでさえ聞き取りづらいのに。
噛みも多かったのが気になった。
そんな状況でも流司くんと細見さんは聞き取りやすかったのは流石。
歌詞がちゃんと聞き取れるのは本当に、いつも思うことだけれど流司くんの技量が素晴らしいなと思った。

 

ネタバレ有り

好きだったところ

やっぱり流司くんの台詞の言い方や所作や仕草はとても好き。
刃傷沙汰の知らせを受けた時の曇った表情や、「オレはオレだから」、
今生の別れの「Adios」等々、すごく良かったなと思う。

それから忠臣蔵では意地悪で、討ち取られる時は情けなく描かれがちな吉良さん、
細見さんの吉良さんはちょっとお茶目だけれど強くて家格もあって
本当に吉良さんが悪いのか、浅野さんが駄目だったのではと思ったし
相当な台詞量をすごい勢いで噛みもせず言い切ってプレッシャーをかけるシーンが凄かった。

吉良と浅野の天国のシーンが入ったのはちょっと面白かった。

あとは勘六を見ながらその踊りを真似ている大石が、
そんなちょっとした仕草でも綺麗なのに見惚れてしまった。

 

気になったところ

上でも書いた通り、席にもよるかもしれないけれど
肝心の台詞も歌詞も聞き取れないし
棒読みに聞こえることも、噛んでしまったり早口過ぎたりも気になった。
演技が凄いな、と思えたシーンも少なかった。

シンプルな舞台を行ったり来たり座ったりなだけで
演劇的な動きはあまり無い。
『逃げろ!』の時は気にならなかったけれど
今回はほぼほぼ大石&近松と浅野&吉良の2ペアの台詞の掛け合いシーンが繰り返され
肝心要の大石と吉良のシーンは皆無だったのも残念。

『逃げろ!』の時は題材が音楽家なこともあって違和感がなかったけれど
今回は間のとり方がとてもひっかかった。
バンドは効果音やBGMを担当するのは良いと思うのだけれど
思ったほどBGMではなかったし、フェードイン・フェードアウトという感じでもなく
スポットライトを併用してバンドパートと芝居パートのメリハリをつけることもなく。
先ほども言った通り音がダイレクトに飛んできて芝居を邪魔することが多かった。
音楽に合わせて、音楽が終わるまで役者が舞台で待つシーンも多かったと思う。
ああいう音楽は芝居の方に合わせる方が良いと思うのだが。

客いじり、というほどではないけれど、客に声を出せと言うのが個人的にはあまり好きではない。
ここに好きな男の人がいるんでしょ、という煽りも嫌だった。
推しを見に来ているんじゃなく芝居を観に来ているのでそういうことは関係ない。
昨日云々と言われても昨日の回は見ていないので知らないし
全通前提にしないで欲しい。

忠臣蔵や歴史をある程度知らないと理解できない本だったと思うし、
かと言って分かるほど好きだと引っかることが多いと思う。
『忠臣』『蔵』っぽいエピソードはほぼ皆無。
堀部安兵衛の名前を出したところで知らない人はよくわからないだろう。
大石の廓通いにしても、刃傷沙汰の後に始めて
世間を欺き吉良を油断させる為なのが定番だが
予てから郭通いに余念がなく妻も子供も出てこない。
かなり年齢層が上でないとわからないネタや逃げろを見ていないと伝わらないことも多かった。
知っていたらより楽しめるが知らなくても楽しめるのが良いネタであって、
知らないと何をやっているかわからなくて笑えもしないのはNGだと思う。

 

歌舞伎リスペクト?

大石が見得を切るシーンが2度ある。

非常に恰好良いとは思うものの、見得は歌舞伎役者が考案したものだ。
その後浄瑠璃でもやるようになったが
近松門左衛門の碁盤太平記は浄瑠璃なのに何故歌舞伎なのだろう。
そもそも見得が出来たのは碁盤太平記よりずっと後だ。

まず初めにバンドメンバーが出てきて頭を下げ、見えるところで演奏するのも
歌舞伎風なのだろうか。

 

『忠臣蔵』とは

一番気になったのは、忠臣蔵の扱いだ。
タイトルに入っている言葉であり、連れが今回一緒に観劇したのだけれど
行きたいと思った理由は忠臣蔵の話だと思ったからだと言う。

史実については一旦置いておいて、
忠臣蔵では浅野内匠頭を描写するのに
吉良がどれだけ酷かったかを散々語るべきである。
浅野は辛抱に辛抱を重ねた末に刃傷沙汰に及ぶ。
ドラマなどでもねちねちと言われ小突かれるような描写がある。
この近松忠臣蔵では、藩士や藩のことを考えても尚許せないほどのことを
吉良が浅野にやったようにはとても思えなかった。
いつそこまでのボルテージにもっていくかと思って待っていたら
そうでもないところで切りかかったので驚いてしまった。
つまりは浅野が短慮という表現なのだろうか?
浅野が短慮で武士としての面目というくだらないものに振り回された。
だから藩士たちが犠牲になってしまったと。

大石達は武士道のことを宗教だとまで言って全否定している訳で、
浅野が面目を潰されてキレることもこれでは許容されない。
しかし史実上討入はするのはマストな展開だ。
「死にたくない」は分かる。討ち入りしたくない、と左巻きな方へ持っていくのかなと
ヒヤヒヤして見ていたが、それでも討ち入る理由が「オレはオレだから」なのは良かった。
武士だから、対面を重んじて、などではなく、自分で正しいと思うからする。
のであれば良いと思う。
ただそれならそれで、藩主を慕う描写があっても良かったと思う。

忠臣蔵を日本人が愛してきた理由は人情であって、
勧進帳が好まれるのも同様の理由だろう。
可哀想な浅野内匠頭、主人の為に仇を打つ忠臣たち、その心持に共感する。
この重要な点がどちらも疎かにされていた。
そもそも忠という言葉自体チューという言い方で繰り返しているのが
馬鹿にしているようにも取れる訳で。

死ぬのは怖いが生を肯定すれば何度でも繰り返し滅びない云々の台詞も
「まるで芝居みたいだ」と近松に言わせたいが為のこじつけに聞こえて
全く響いてこなかった。

パンフレットでも武士道=大事にしていることと書かれていて
武士道を馬鹿にされた気持ちになった。
故意でないにしろ、武士道や忠義、忠臣といったもの全般を
謂わば冒涜する内容だったと思う。
それが新しい忠臣蔵、と言いたいのかもしれないが自分は受け入れられなかった。

肝心の討入シーンは朗読のみで全て無し。
朗読がはっきり聞こえて上手だったらまた受け取り方も違ったかもしれないが
何度も書いているようにくぐもって聞き取りづらいし
忠臣蔵と冠して赤穂事件を扱ったなら、敢えて書かないという選択肢より
正面からぶつかってそのシーンも描いてほしかった。

元から郭通いをしていた以上、敵を欺くにはまず味方からというのもなく
南部坂もなければ主税も出てこないし、
討入準備の為の色んな人のあれやこれや、笹売りだの天野屋利兵衛云々も勿論無く、
大石内蔵助の恰好良さを流司くんの見得だけで乗り切ろうというのは
いくら流司くんの実力を持ってしても無理がある。

あの有名な仮名手本忠臣蔵の前に、近松が書いていた碁盤太平記が
最初の忠臣蔵だった、忠臣蔵にも近松が関わっていた説で創作したから
忠臣蔵と入れたかったのだろうが、ここまで忠臣蔵を否定するのであれば
タイトルに忠臣蔵を入れないほうが良かったのでは。
『近松太平記』とかだったなら、ここまで期待外れ感はなかった気がする。

 

2025.7.20 追記

演出家が芝居の着想を得たという本を読んでみた。

塩やスペイン語ネタが挟まれた理由はわかったし
この本が下敷きなら敵が吉良というより幕府=武士というのは理解した。

だがルール違反をして金を稼ぎ、だから表に出られないというのは
別に美談だと自分は思えないし、その思想を持ってきて
武士道のことを宗教だとまで言って全否定する芝居に
『忠臣蔵』と名をつけては駄目だろう。
悪いのは幕府より吉良かそもそも浅野内匠頭ではないのか。

勧善懲悪を是としそういった本を書き続けてきた近松が
大石たちを一気に失い悲嘆にくれたのはわかるが、芝居はそこよりも
大石の方が印象に残ったし
『忠』を否定しての討入は近松の本と趣旨が異なるのではなかろうか。

この本を読んで尚、『忠臣蔵』ではなかったと思ったし
勘六は随分幼いキャラでとても二児の父親で子供を近松に託して
討入に赴く男には見えなかった。